この物語は、主として事件の8人の目撃者(というか当事者)の目にした事実経過を合成することで、ある政治的陰謀の大きな文脈が浮かび上がるように構成されている。これまでに7人の目撃者・当事者とその事件をめぐる経験が描き出された。
さて、最後に登場する8人目の目撃者は間違いなくレクス・ブルックスだろう。あるいは、事件の経緯を撮影し続けていた何台ものカメラ映像を象徴する登場人物というべきかもしれないが。
彼女は、広場での大統領の演説シーンを報道するためにアメリカから派遣されたテレヴィ報道ディレクターだ。彼女は、広場の近くに止めた中継管理用の大型ワゴン車のなかで、広場のキャスター・レポーターやカメラマン、そして車内の編集技術者を指揮していた。
レクスは、マヨール広場の内部や周囲、さらにはサラマンカ市街の各要所に配置された多くのカメラからの映像のすべてを確認して、中継映像の編集・送信を統制していた。
その意味では、レクスつまり何台も設置されたテレヴィ・カメラの視覚=映像は文字通り多角的で複合的だ。したがって、事件の経緯を総括的に描き出すための狂言回しの役割を果たしているとも言える。テレヴィ中継用のワゴン車が、多数の事件の断片を煮詰めてしかるべく結晶を組み立てるべき坩堝となっているのだ。
マヨール広場から出た警護官トーマス・バーンズは、近くの街路にアメリカのテレヴィ局GNNの中継管理車が停められているのを見て、ある判断が働きそのなかに乗り込んだ。
GNNは広場の内部や周囲、そしてサラマンカ市街の要所にカメラマンやキャスターを配置して、多角的に映像を記録していた。そのことを警備関係情報として知っているトーマスは、何台ものカメラから多角的に捉えられた映像データをリプレイして組み立て、このテロ事件の全貌を把握し、容疑者や要注意人物を割り出そうと考えたのだ。
じつに優秀な警護官ではないか。
トーマスは中継車を指揮しているレクスに、すべてのカメラの映像をモニター画面にリプレイさせるように指示した。10以上のモニター映像が流れていく。トーマスは、そんなかから気になる映像に注目した。
■同僚の裏切り■
「容疑者を追跡する」と言い残して広場を後にした同僚、ケント・テイラーが急ぎ足で、広場の近くの建物に入っていく映像だった。
その建物は、たしかスアレスとヴェロニカが救急救命士に偽装して偽の救急車を用意しておいた建物ではなかったか。
建物に入ってしばらくして出てきたケントは、サラマンカ警察の制服と制帽を着用していた。大きな筒状のバッグを背負い、サラマンカ警察のパトロールカーに乗り込んだ。
このパトカーに乗った警察官こそ、エンリーケを射殺した人物だった。
同僚の裏切りを知ったトーマス・バーンズは、街路に走り出すと、一般市民から強引に乗用車を借りて、ケントの車を追いかけた。
その頃、ホテルから大統領を拉致したスアレスは偽装救急車を疾駆させていた。スアレスは携帯電話でケントと連絡を取った。高架道路の下の引き込み道路で落ち合うことを打ち合わせた。
ケントは街中の道路でハビエルと出会ってパトカーに同乗させた。そして、偽装救急車が目指す落合場所に向けてぶっ飛ばした。だが、そのパトカーを追跡している乗用車に気がついた。運転者はトーマスだった。どうやら事件のからくりが知られてしまったようだ。
逃げるケント、追いかけるトーマス。
サラマンカ市街の狭い道路でのカーチェイスが繰り広げられる。
トーマスを振り切るために、ハビエルは拳銃を手に取ると、窓から身を乗り出して発砲した。トーマスが乗る乗用車のフロントガラスは銃弾を浴びてヒビだらけになった。それでも、トーマスは食い下がる。だが、パトカーが十字路で大型トラックをかすめるようにすれ違った直後、ハンドルを切り損ねたトラックがトーマスの車と衝突した。トーマスの車は大破してしまった。