広場でハウワード・ルイスに話しかけたサムという男の本名は、スアレスだった。彼が、テロ実行部隊のリーダーだった。その補佐役がヴェロニカだった。
スアレスは広場の中央でハウワードと会話しながら、アメリカ大統領狙撃のタイミングをはかっていた。彼は、今広場にいる大統領がダミーであることを知り抜いていた。おそらく大統領側近の誰かと通じているのだろう。だから、大統領の警護プラン、人員配置を詳細に知っていた。それゆえにこそ、ハビエルにホテルの襲撃と本物の大統領アシュトンの拉致を命じることができたのだ。
偽物の大統領を狙撃することの政治的=視覚的効果を十分に考慮に入れた作戦だった。広場を劇場にして大芝居をうったのだ。そこに居合わせた民衆とメディアをつうじて世界中の民衆に「芝居の暗殺劇」を見せるためだ。つまり、その背後には政治的な力学がはたらいているということなのだろう。
大統領が演壇の中央に立った。そのタイミングを狙って、スアレスはコンピュータ制御されたアソールトガン(狙撃銃)の遠隔操縦装置の発射ボタンを押したのだ。演壇の向かいにある2階の窓から銃弾2発が発射され、ダミーの大統領を撃ち抜いた。
さらにスアレスは、エンリーケから爆薬入りのバッグを受け取ったヴェロニカに指示を出した。ヴェロニカは広場を横切って演壇に近づき、ステイジのフレイムの下にバッグを放り込んだ。そして、数十秒後、ステイジが爆発した。テロの脅威を誇張し、混乱と恐慌を増幅するためだった。
その直後、スアレスとヴェロニカは、広場から少し離れた建物まで行って、救急士の服装を着こんで偽装救急車に乗り込んだ。警護班や警察が出動を要請した救急車が何台も広場に駆けつけてきた。そのなかに紛れ込んだ。そして、広場近くのホテルに近づいた。
混乱したホテルにやって来た2人のテロリストは、だが、警察官から負傷者の救助を求められた。仕方なく、スアレスが負傷者の手当て手伝った。
だが、ヴェロニカはストレッチャーを押したままホテルに入り込んだ。そのまま、エレヴェイターで本物の大統領がいる階まで昇った。
その階には、ハビエルがいた。彼は拉致した大統領に揮発性麻酔薬を嗅がせて、昏倒させた。そして、ヴェロニカとともに大統領をストレッチャーに乗せて、エレヴェイターに乗り込み、1階まで降りた。そのまま救急車まで近づいた。
大統領の身体には東部から足先までをすっぽり隠す厚いタオルケットがかけられていて、気絶した負傷者を救急車に運び込む動きにしか見えなかった。途中からスアレスが駆け寄ってきて、ヴェロニカといっしょにいっしょに救急車に乗り込んだ。
ハビエルは別行動を取った。
ハビエルは弟を取り戻すつもりだったが、その弟はすでにスアレスによって偽装救急車の格納場所で射殺されていた。つまりは、ハビエルもまた弟と同じ運命をたどるはずだった。