武装してホテルに突入して大統領に銃を突きつけたのは、ハビエルという男だった。浅黒い肌で、アラブ系に見える。その彼はテロリストとしての行動を強制されたのだ。そのいきさつは、こうだった。
刑事エンリーケがマヨール広場に入ってきたとき、ヴェロニカと語り合っていたのは、ハビエルだった。ハビエルは、ヴェロニカに脅迫されていた。ヴェロニカがハビエルの目の前にかざした携帯電話の液晶画面には、ハビエルの弟が映っていた。弟は、ヴェロニカを含む一味によって拉致されていたのだ。
テロリスト・グループのメンバーのヴェロニカは、拉致された弟を無事に解放してほしいのなら、自分たちの命令に従えと伝えた。その命令とは、渡された武器で武装して、アメリカ大統領がいるホテルの部屋に押し入って、大統領を拉致しろというものだった。そのさいの通信手段として、弟の画像が収録されている携帯端末を渡された。以後、この電話機をつうじて指示命令が伝えられることになった。
してみれば、ハビエルという男は、それだけの荒業をやり遂げるほどの戦闘能力を持つ、訓練された兵士だということになる。
イベリア半島では、8世紀から13世紀までイスラム勢力が支配していたので、今でも当時に北アフリカから渡ってきたアラブ系子孫の住民が多い。だから、ハビエルが近年に北アフリカからやって来た移民系とは限らない。
むしろハビエル(Xabier)――ポルトガル語やカタルーニャ語ではザビエルという読みになる――というキリスト教聖人の名前をもつので、キリスト教徒である可能性が高いと思われる。
仕方なくハビエルは、ヴェロニカの要求を飲むことにした。彼は、指定されたホテルに向かった。
そのホテルのなかには、アラブ系の若い荷物係(ポーター)がいた。彼も、命令を伝える携帯電話機を持っていた。電話機は「聖戦のために命をささげよ。君は英雄だ」というメッセイジを伝えていた。若いポーターは、青ざめた表情で決意を固めた。
若者の胴体には筒状の爆薬の帯が巻かれていた。彼はロビーを歩いて入り口近くまで進み、そこで起爆装置をONにした。その瞬間、猛烈な爆発が起こって、ロビーは崩壊した。
その少し前に、ハビエルがホテルのロビーを横切って、昇りのエレヴェイターに乗った。彼は、大統領が滞在する部屋の階よりも下の階で降りた。そして、ホテルにすでに持ち込まれてあったバックパックを受け取り、そのなかから(消音機つき)銃と弾薬、そして爆薬を取り出した。そして、非常階段に回って上階をめざした。
大統領がいる階への通路や非常階段には、当然、武装した警護班が配置されていた。
ハビエルは手際よく隙のない動きで、警護班メンバーを次々に撃ち倒して大統領の部屋に近づき、ドアを小型爆薬で吹き飛ばして突入した。そして、側近や警護係を射殺した。そして、大統領を拉致した。