ところがそのとき、混乱した人波を縫うように、髭面の男が演壇に近づいた。そして、反対側から近づく若い女性に呼びかけた。
だが、女性は男を無視しながら演壇に近づき、手にしていたバッグを演壇の下(鉄骨の組み立て式フレイムのなか)に投げ入れた。髭面の男は、「危険だ!」と叫びながら、走った。が、警護班に取り押さえられた。
若い女がバッグを演壇の下に放り込むや逃げ出すのを目撃したハウワードは、髭面の男の言うことは正しいと判断した。だから「彼の言うとおりだ、危ない!」と叫んだ。だが、警護班は事態を把握していなかった。
その数瞬後、バッグの爆薬が演壇の下で炸裂し激しい爆発を起こした。爆風は周囲の人びとを吹き飛ばし、なぎ倒した。ハウワードもそのなかにいた。だが、彼とステイジの間に立っていた人びとが破壊力を吸収してくれた――重傷を負っていた――ので、ほとんど傷も受けず、一瞬気を失っただけですぐに意識を回復した。
ハウワードは広場を見渡した。悲惨な光景が広がっていた。残骸が飛び散り、重傷を負った人びとが倒れこんでいる広場。警察当局は、動ける人びとに広場からの避難を勧告していた。彼も立ち上がって、退避しようとした。
と、あの髭面の男が警護班の手を振り切って、広場の外に向かって駆け出した。警護要員たちは、あとを追った。
するとハウワードの目の前に、さきほど彼にぶつかったかわいい少女が孤立して立ち竦んでいた。すぐに彼は駆け寄って少女を抱き抱えて、あの母親の姿を探しながら広場の外に連れ出した。
だが、あの髭面の男とそれを追跡する警護班の動きが目の前をよぎったとき、ハウワードは彼らのあとを追いかけようと決心した。そこで、広場の外にいた婦人警官に少女が母親とはぐれたという事情を話して、少女を預けた。
ハウワードはハンィカムを手にすると、追跡者を追跡した。
男は込み入った裏町通りに逃げ込んで警護班を巻いて追跡を振り切った。だが、ハウワードは表通りで待ち構えていたので、運良く男を発見することができた。男は、ひっきりなしに車が走る道路を横切った。だが、土地勘のないハウワードには、道路の横断は無理だった。
ハウワードは横断歩道橋を渡ることにした。
彼は、上方から男の動きを俯瞰することができる位置に立った。
男は車が通らない連絡道路まで来ると、腰の後ろ側に差し込んでいた銃を取り出して弾挿を確認した。そのとき、男の腰に警察官バッジがあるのを見た。
おや、警察官が逃げていたのか? それを警護班が追跡するというのはどういうことだ?
ハウワードは疑惑を持った。
そのとき髭面の男に、別の警官が運転するパトカーが近づいてきた。男は、手を挙げて車に近づいた。車から警官が降り立った。そこに警護班もやって来て、道の反対側で銃をっ構えて、男に静止を命じた。
直後、パトカーから降りた警官は髭面の男を射殺した。ハウワードにはわけがわからない事態になった。